覚王山駅周辺案内図(1)

The Kakuozan Station circumference guidance


名古屋市交通局リンク:覚王山駅時刻表 市バス時刻表 なごや乗換ナビ



上写真は釈尊御真骨奉安塔(案内パンフレットをスキャンしたものです。)
花崗岩の仏塔で大正7年完成

写真の本堂の奥に建立されています。19世紀の発掘により釈尊の実在が立証され、ご遺骨が
タイ国王から仏教国などに分与されたとき日本の公使(稲垣満次郎)がこれを見聞し、羨望にたえず
日本の仏教徒に対してもその一部を頒与せられんことをタイ国王に懇願し、その結果「タイ国王より
日本国民への贈り物」として下賜するとの勅定を受けて、外務省を通じ、直ちに日本の仏教13宗
56派の管長は協議してタイ国国王の聖意を拝受することに決定し、使節団が明治33年6月バンコク
王宮にてチュラロンコーン国王から親しく御真骨を拝受し、帰国後佛骨奉安の寺院を超宗派で建立すると
お約束を申し上げたところ完成時のご本尊にとタイ国宝の1000年を経た釈尊金銅佛一躯を下賜された。

その後候補地を巡り意見が分かれ、調整に難渋した結果、名古屋官民一致(当時の市長)の誘致運動が功を奏し
名古屋に 新寺院の建立が決まり、全市上げての協力により10万坪の土地を用意し、明治37年釈尊を表す
”覚王”を山号とし、日タイの友好を象徴する日泰寺の寺号をもった覚王山日泰寺が誕生しました。この寺院は
成立の性格上日本仏教徒全体の寺院であり、いずれの宗派にも属しない寺院であって、その運営は
現在19宗派の管長が3年交代で住職をつとめている。日本で唯一の全仏教寺院として特異な存在である。
(以上覚王山日泰寺略記より抜粋しました。)


左:タイ国王とお手植えの木、右:本堂と五重塔


縁日コース史跡コース左2枚は本堂下の東側一帯に立ち並ぶ四国八十八箇所の
粗末な番札を掲げた小さなお堂のかずかず。いまも毎月21日には駅から約500メートルの
参道両側と境内一円に露店が建ち並び、終日賑わい老若男女の信仰と憩いの場所となっている。
私ごとですが亡きおふくろも祖父もここのお参りを欠かしたことなく、本四国へ行けなかった時代ゆえ
自然発生的に決して立派とは言えないお堂がこうして出来あがっていったのではないでしょうか
また本堂(右)東一帯の丘陵地には広大な墓地があり名古屋名士の墓所が多い。

相応寺
駅からほぼ東北へ約900メートル、千種区城山町にあります。
関連:大森寺

張振甫墓所
駅から北へ約1.2キロ,千種区下方町にあります。
また自由が丘駅西へ約1.1キロからも便利


縁日コース覚王山の西門を出て北へ約200メートル、
狭い山道をやや下った所にある。江戸初期に帰化した上記中国人張振甫が建てたものです。
毎月21日には堂内薬師仏、円空の日光、月光菩薩像,十二神将像などが開扉される。
円空がこれらの像を鉈で彫ったところから鉈薬師とよばれる。また張振甫の名を取りこの近くを
振甫町と呼ぶ。 関連:中林竹洞

覚王山(1) (覚王山2)

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