東海道五十三次四十七番目、亀山宿(その二)


広重、亀山、雪晴

野村一里塚、県内東海道の12個所の一里塚で
唯一残っているもので、当初街道の両側に築かれ、
大正3年に南側は取り壊されました。このムクの巨木は
幹囲は5メートル高さ20メートルで桑名ー坂下間ただ
1ヵ所国の史跡となっています。

亀山宿西の端、京口御門跡の案内版、これより
東へ露心庵跡まで総延長2.5キロが亀山宿となっています。
亀山城の一部としての機能を充分備えていたとされ、崖を
登る坂道の両側にカラタチが植えられ、したから見上げると
門,番所のそびえる姿は壮麗を極めたとある。竪絵東海道の
"亀山風雨雪晴"の舞台となったと記されている。


西之丸に建つ白壁造りの壮麗、広大な御殿跡、
現在は地区の集会所として利用され、庭園は広く
一般に開放されています。


京口御門まであと僅か

関宿からの街道が亀山宿に入るとこのような
連子格子の建物が目立つ

西の丸庭園の入り口、屋敷の内部が庭園となっています。
平成10年4月5日撮影
次は関宿 お伊勢参りに行くのじゃ
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