
1番出入り口から東北へ約800メートル行ったところにあります。平成13年4月6日撮影

、護国神社境内にある昭和の森です。
国のため戦死した多くの人たちの慰霊碑が立ち並んでいます。

拝殿正面に建っています。

この慰霊碑は、何れも高さ8m前後、重量29t前後の仙台産の巨石で
警察官碑は大正6年の建立で内大臣松方正義侯の筆、消防員碑は
東郷平八郎伯の筆により昭和5年建立されたものであり、
現在では神社境内の一偉観となりつつある。(護国神社案内より)

慰霊碑の一部、戦艦大和は桜満開の昭和20年4月7日沖縄防衛のため出動
海軍特別攻撃隊の基地となり、帰らぬ若き特攻隊員と戦艦と運命を共にした
乗組員2700有余名を祭る慰霊碑です。モニュメントは大和の主砲を記念
したものです。(護国神社案内より)

祖国危急存亡のとき、桜と共に甘んじて死地に突入した崇高な精神は永く
歴史に残るでしょう。写真は境内の愛知県出身の特攻隊員(19歳)の遺書、遺言の紹介、
(遺言:20余年ノ生ヲ育ミ下サレシヲ謝ス 此ノ期ニ及ビ思イ遺スコトハアリマセン
只立派ニ死ナン事ヲ念ウノミデス ご両親様)「知覧特別攻撃隊」より
この先輩学友の心情を思う時、思えば17歳だった自分の今の気持ちは
言葉には言い表わせません。ただただご冥福を祈るばかりです。
ここに弔意を捧げ(下記の回天特攻隊と共に)紹介させていただきます。
回天特攻隊 KAITEN
TOKKOUTAI
敗戦濃厚の太平洋戦争末期、国、また愛する人々を守るために、
回天(人間が操縦して敵艦に体当りする魚雷)特別攻撃隊員として出撃して、
その尊い命を散らせていった、若者達の記録です。
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