大須観音駅周辺案内(その1)

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The Osu Kannon Station circumference guidance(no.1)



縁日コース史跡コース宝生院(大須観音)、
この寺は慶長17年(1612)に現在の岐阜県羽島市大須に在ったものを
洪水のないこの地に移したといわれる。その後明治の大火、戦災と焼失し
現在の大須観音となり、写真の本堂のほか仁王門、大須文庫、鐘楼などがあり、
国宝四点と40点近い国の重要文化財があります。毎年2月の節分会には大勢の参拝客で
賑わいます。


宝生院(大須観音)本堂右にあります。


境内にある郷土芸能大正琴発祥の地の記念碑です。


写真右は万松寺の本堂(地下1階、地上5階)、左は本堂横にある織田信秀公の廟所
詳しくは下段のリンクをご覧下さい


史跡コース縁日コース大須を歩けば観音様と万松寺(ばんしょうじ,写真上)
を抜きでは語れない。尾張一円を領していた古渡城主織田信秀
(信長の父)が織田家の菩提寺として開基した。ご本尊は十一
面観世音菩薩、曹洞宗本山総持寺の末寺、当時は今の中区錦と丸
の内2,3丁にまたがる大殿で中心に七堂伽藍が備わった一大寺院
であった。慶長15年名古屋城築城にあたってここに移転した。
当時は寺域は2万2千三百九坪あったが大正元年、時の三十七世
和尚がその大部分を開放し大須を名古屋の大繁華街とした。
天文21年3月3日父信秀公の葬儀がここ万松寺で営まれたさい、
荒馬の袴姿の信長が焼香の時、鉢香を位牌に投げつけた逸話は
有名で、また天文16年(1547年)三河の松平竹千代
(のちの徳川家康公)が6歳から2年間万松寺で暮らしたことがある
(以上万松寺の歴史より抜粋)12年5月11日写す。

地下鉄で巡る若き日の信長ものがたり からくり人形「信長」ムービー

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万松寺は地下鉄鶴舞線上前津駅の方が近くです。


史跡コース縁日コース駅から東へ約400メートルにある総見寺 です。
京都本能寺で死去後、信長の菩提のため伊勢にあった寺
を清洲に移して開山し、慶長16年(1611年)この地に移った。
寺宝に織田信長公「信長日記」 ゆかりのものが多く、
信長公画像をはじめ九点が県指定文化財である。
明治4年(1872年)ここでわが国初の博覧小会が開かれた

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にっぽんど真ん中祭り第2回
第3回13年

鶴舞線大須観音駅→鶴舞駅間地上走行ムービー(25.8mb)
鶴舞線大須観音駅→丸の内駅間地上走行ムービー(20.5mb)

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