高畑駅周辺案内(その1)

The Takabata Station circumference guidance(no.1)


名古屋市交通局リンク:高畑駅時刻表 市バス時刻表 なごや乗換ナビ


東山線西の終着駅です。

史跡コース東山線西の終着駅高畑駅から東南約500メートルにある
荒子城跡天文年間前田利昌が築城、その子利久、利家,利家の子、利長が相次いで
居城した。天正三年(1575)利家が越前国府中(福井県武生市)に同9年に
利長も同地に移るに及び廃城となった。利家の家臣には荒子衆が多く村井長頼
奥村(永福)助右ヱ門などがいた。今でも荒子には奥村姓が多いという。
山門は城主前田利家が修理寄進したといわれる。まつの生誕地
縁日コース右写真は尾張四観音の一つ荒子観音寺の山門(仁王門)で
この門には3メートルを越える二体の仁王像をはじめ、1240体あまりの円空佛が
残されています。毎月第2土曜日に一般公開されています。毎年2月3日の節分に
その年の恵方のお寺へお参りするとご利益があるといわれ江戸時代からは庶民の
参詣も盛んになってきました。12年5月13日写す

「利家とまつ」の荒子城址、観音寺など を高畑駅からムービーでご覧下さい・・・・・ここをクリックして下さい


史跡コース駅から西へ約2.3キロ、庄内川にかかる新前田橋を越えた、中川区前田西町にある
前田速念寺です。右は前田古城跡の石碑と左は屋根が戦国時代の兜を思わせる 本堂の屋根です。
この地が前田家発祥の地と言われる。速念寺の案内書によれば荒子説が
よく知られているが、当前田城で生まれあとで荒子に移ったとするのが当寺の寺伝であり、
利家の出生は天文6年か7年とされるが、そのときに荒子城が存在したかどうか疑問であるとされ、
利家の身辺警護に荒子衆が当たっていたので荒子出身といわれるようになったのであろうと記されています。
また加賀前田家との関係について利家が加越能の大守として北上のとき、前田の村民も多くこれに従い、
金澤尾張町へ移住したかと思われる。天保年間など加州侯江戸へ参勤の折り、熱田宿ご本陣へ、
前田村百姓総代を呼び寄せ、お菓子など賜る古例があった。明治以後、前田侯爵家では、祖先の地を尋ねて、
歴代速念寺に参詣せられているとも記されています。なお門柱の前田速念寺の文字は前田利定元子爵筆である。

利家、まつ(芳春院)特集

加賀、能登を訪ねて(前田利家の城下)


縁日コース駅から西へ約400メートルの第一番厄除け大師、宝珠院(写真)です。

宝珠院は天平元年、泰澄大師開創の古刹です。名古屋三弘法(善光寺弁天寺
の一つで大黒天を祭る、狩り衣の服装に頭巾をかぶり、肩に袋を背負い、
右手に打ち出の小槌を持ち、米俵の上に立ち、
福を与える神であります。毎月21、28日が厄除け祈祷が行われます。


更に西へ約1キロ行ったところに竜潭寺(りゅうたんじ)があります。
康正元年(1455年)錦渓和尚の創建、釈迦牟尼佛を本尊としています。
庭や苔が美しく、往時7本あった老松が2本残り市の保存樹となっています。

東山線高畑駅→八田→岩塚駅地上走行ムービー(24.1mb)

高畑駅(その1)

高畑駅(その2),荒子城址、荒子観音

高畑駅(その3,利家と荒子小学校と味噌蔵町小学校の交流)

高畑駅(その4,現在静かな住宅地)

高畑(終着駅)当駅東山線次は八田(藤ケ丘行き)

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中川区役所 駅から東北へ200メートル

前田利家 (1538〜1599)(天文7年〜慶長4年)

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